幸せに生きる

無償の愛

無償の愛

この世の源は”無償の愛”だと思っています。

無償の愛とは、ただただ相手のために力を尽くす。

自己犠牲をいとわず、見返りを求めず、相手の成長の手助けをする。

…というと難しい感じがしますが、簡単に言えば困っている人に手を差し伸べるってこと。

『困っている人がいれば助けたい』

きっとほとんどの人がそう感じると思うんです。

誰の心の中にも、神様仏様のような心があるから。

『人のことなんて考えていられない。自分が生きるだけでも精一杯なんだ』

そんな苦しい状況にいたとしても、命には神性が宿っている。

ただそれが苦しい状況で見えなくなっているだけで、実際みんなの命は愛そのもの。

人って素敵ですね。


条件はいらない

人に手を差し伸べるってとても素晴らしいですよね。

本当の意味で強い人とは、自分より弱い立場の人を守り助ける人のこと。

威張ることも、力で解決しようとすることも、人を見下すこともしません。

謙虚な姿勢で愛を表現し続ける。

実はこれ、意外に難しいんです。

なぜなら…人のお役に立ちたいと行動をする時、”条件”を付けてしまう場合が多いから。

『私がこれを手助けする代わりに、あなたはこうしてください』みたいに。

例えば悩みを抱えている人の相談に乗り、『あなたの悩みを聞き、共に考えアドバイスもした。だからアドバイス通りにしてくださいね』という感じ。

人の悩みは客観的に捉えられるから、その解決法も簡単に見つかることがあります。

話を聞き、アドバイスをするのはいいかもしれません。(そこにはいろいろと考慮するべきものはありますが…)

が、そのアドバイスを受け入れ行動するかどうかは、その人にお任せすればいいんですよね。

そこまで干渉する必要はないんです。

しかし、『私がこうアドバイスしてあげたのに、それを実行に移さずにまだ悩んでいる』

『言うことを聞かないんだから自業自得だ』と、つい批判してしまうことはありませんか?

辛いから話を聞いてもらいたい。

悩みから抜け出す方法があれば知りたい。

その『求めているもの』さえ提供できればそれでいいんです。

ほんの少しでも心を軽くしてあげることができればそれでいいんです。

条件はいりません。

条件を付けるということは、その人を自分の思うように変えたいという思いが込められています。

それはどこまでもエゴ。

自分のできることをすれば、あとはその人の可能性を信じ、良き方向へと向かっていけるよう祈ってあげればいいとのではないかと感じます。

私のお手本はいつでも自然です。

自然は何の条件もなく私たちに恩恵をもたらしてくれています。

何をしなくても空気がある。

太陽の光が命にエネルギーを満たし、降り続く雨が大地を潤す。

自然は決して『感謝してくれなければ太陽の光を届けません』なんて言いませんもんね。

誰に対しても平等に無条件で愛を注いでくれている。

きっとそれが私たちにとっても自然の姿。

これからも自然を見習い、無償の愛・奉仕の精神で人のお役に立てるよう努力していこうと思います。